Pixivでの私の作品の転載です
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夏の残暑が残る暑い昼下がり、昼食を終えた春香は、少しおしゃれをして町に出かけた。
明日に春香は小学校時代の友人と遊ぶ約束をしていた。そこで髪を整えに近所の美容院へ出かけたのだ。春香がその美容院を訪れたのは実に久しぶりのことである。こうして自由な時間を取れるのも最近では難しい。アイドルの仕事が増えて美容院へいく暇もなくなった、髪を整えてくれるのはいつも専属の美容師さんだ。だから、近所の美容院へ髪を整えに行くのは実に数年ぶりのことなのである。そう思うと、自分が結構な年数アイドルをしてきていることに気づく。そして、小さい頃からずっとお世話になってきた、近所の美容院への小さな罪悪感も感じていた。
しかし、その時は春香の心のなかのそれは、本当に小さいものであった。
春香は美容院のドアを開ける。パーマ液の香りが、昔の記憶を海馬から呼び起こす。ああ、当時の記憶が一瞬にして頭を駆け抜けた。
「全ッ然変わってない」
美容院は、本当に何も変わっていなかった。と入っても数年前から通わなくなっただけである、その数年でそれほどの変容を遂げる事はあまりない、無いことはないのであるが、いや、しかし少しは変わってたっていい。しかし、あまりにも完璧に変わらないでいたものなので春香は驚いたのである。
美容院の店長、とはいっても一人の女性が切り盛りしているのであるが、その女性は忙しそうに常連客の髪を整えていた。整えながらこっちを見ずに、「いらっしゃい」といい、壁に設けられた服かけと、かばん掛けに身につけているものをかけろという、この一連の動作も変わっていない。
店長は忙しそうに手を動かす、春香はカバンをかけて、長いソファーに腰をかける。長くて大きいソファーには私一人しかいない。春香がアイドルを本格的に目指し初めて、この美容院に通えなくなった頃より前には、このソファーにはいつも数人にて、大きくて長い鏡の前に置かれた3つの美容椅子にはいつも3人が座っていて、4人いる店員がかわりばんこで忙しそうにお客さんの髪を整えていた。しかし、今、3つある美容椅子は1つしか使われておらず、店員も店長の女性しかいない。
「きっと、今日はすいているんだね。ラッキー」
なんて考えながら春香は、雑誌の置いてある本棚に手を伸ばす。小さい時から、待ち時間の間に個々の雑誌をいっぺんに目を通してしまうのが、ちょっとした楽しみであった。幼稚園生向けの本から、小学生向けの本など、個々の美容院の雑誌の品揃えの良さは、あらゆる年齢層に対応できるものだった。春香をいつもカットしてくれる美容院では、本当にマネキンのような綺麗な女性しか出てこない、大人向けのつまらない雑誌しか置いていないのである。幼稚園から高校の途中まで、春香はこの美容院へ通い続けた。小さい頃は髪を切られるのが本当に嫌で嫌で仕方なくって、行くたびに大泣きして家に帰った記憶がある。
春香はおもむろに雑誌を取り読み出した。しかし、春香はその雑誌を一度読んだことがあるような気がしたので、表紙を見た。表紙には数カ月前の日付が書いてある。どうやらこの雑誌は数カ月前のものであるようだ。どうりで読んだことがある気がしたはずである。
「きっと、忙しくて買う暇がなかっただけだよ。」
春香はそう思った。しかし、楽しみにしていただけに少々残念であった。
静かな店内に、AMラジオが流れ、店長の手元からはハサミが髪を切る音が響く。外からは郵便配達のバイクの音、車の通りすぎる音がする。こうして、雑誌も読まずにぼおっとしていると、普段は耳につかないような音まで聞こえてくるのだ。豊かな時間が流れた。
そうしているうちに前の人のパーマがけが終わり、次は春香の番である。
「つぎのお客さんどう・・ぞ・」
店長の女性が初めて春香を見る。春香と久しぶりの対面だ、もちろん春香にとってもだ。
店長の顔に、驚きと喜びの色が差してくる、同時に時代を感じさせるシワをめいいっぱいに寄せて、目には涙を浮かべて春香に走り寄ってきた。
「春香ちゃん?春香ちゃんじゃないの!あら~懐かしい!」
店長は感無量と行った感じである。しかし、春香の心中にはなにかモヤモヤとしたものが、再開の喜びと共に顔を出したということも書いておこう。
ー店長さん、こんなに小さかったっけ?
数年とはいえ、成長期の春香である、身長が伸びて相対的に店長の身長が低くなったことぐらい春香にもわかる。しかし、何か身長だけでなく、それは物理的なものだけでなく、何か心の秤的にも店長さんは小さくなった気がした。
しかし、店長さんが喜んでいるのに、私が浮かない顔をするのは、何か気が引けて、春香は無理に顔に笑顔を浮かべた。それは何かとても心の何かを消費した。
正直、春香は単純に感動的な再開を予想していたのである。それは今の春香が感じている、足かせの付いた喜びではなかったはずだ。テレビで小説で見るような、ただ感動的でそれ以外の要素を持たない再開。シチュエーション的には、観賞用の綺麗な再開と殆ど変わらないはずである
、しかし、春香の再開の喜びを、春香の中に最近芽生えてきて、まだ幼いがとても人間的な感情がそれを邪魔しているのである。
「春香ちゃん聞いたわよ、あなたアイドルになったんですってね!」
しかし、店長さんは前と変わらない饒舌である。春香はその衰えていない饒舌ぶりと、その顔に浮かんだ混じりけのない笑顔を見て少し安心した。私が感じたあの感情はもしかしたら気のせいなのかもしれないと、そこで春香は一時的に思考を入れ替えることができたのである。
「ええ、あの、最近はラジオもやってるんで、よかったら聞いてください。」
春香は言った。
「あら、そうなの。」
店長の話は止まらない。春香の父、母の様子。春香について、もう恋愛はしたか、バイトは経験したのか、学校で今流行っていることは何か、アイドルとはどんな仕事か、プロデューサーという人はどんな人か。春香は質問攻めに会うことになる。質問攻めとはあまり良い言葉の選択ではないのかもしれない、なぜなら春香にとって、店長が昔と変わらぬ調子で話しかけてくれるのは、先に感じた不安を払拭しうる要因であったからである。春香は一つ一つ質問に笑顔で答えた。
ひとしきり、春香への質問が終われば、今度は店長の身辺ばなしの番である。近所のじいさんが飼っていた犬が死んだこと、ここの常連で春香も知っている女性が先月結婚したこと、春香の質問にかかった時間を1とすれば、最終的にこの店長が話していた時間は6ほどである。本当にしゃべるのがだいすきな女性なのである。
話しながら、店長は春香の髪を整えていく。
「すごいねえ、春香ちゃん。この髪、いつもは誰が切っているんだい?」
「え、あ、あの専属の美容院の人がいて・・・」
「すごいねえ、髪の流れが活き活きとしている。おばさんじゃ、こうは切れないわ。若い人は面白いこと考えるんだねえ。おばさんは、もうこんな元気な切り方はできないねえ。」
「っええ、あ、あの、店長さんの切る髪も、と、とても元気です!」
春香は「元気な切り方」の意味が分からずに、無理に元気づけようとそういった。
「・・・アハハハ!春香ちゃん、別に私自身が元気がないって言ってるわけじゃないのよ。ただ、「俺の切る髪はこうだー!」的な独創的でエネルギッシュな切り方は出来ないなあって言っているだけよ。」
「え?」
「あ!春香ちゃん、もしかして久しぶりにきて私が年取ったとでも思ってたんでしょ。失礼ね~!アハハハハ。」
「え、ああ、あの、そんなこと思ってないです。」
「い~や、絶対思ってたでしょう!」
「思ってないです!」
そんなやりとりがしばらく続いた、いつのまにか春香の感じていたある種の心配は消えてなくなっていた。
「けどね。」
突然、店長が真剣な口調で口を開いた。
「昔、私は近くの美容院で働いてたのよ。その時の店長は男の人だったんだけど、当時の私から見たらなんて型はまりな切り方をするんだろうなんて思っていたのよ。そして、しばらくそこで働いてお金貯めて、この美容院を始めたわけ。初めてからは若いお客さんがたくさん入ってき
てね「やっぱり私の感じていたことは正しかった。あの店長は時代遅れの人なんだわ。」なんて思っていたのよ。けれど、確かにその店から私の店に移ってくる客層もあったのだけど、結局その店が主人が高齢になってたたむまで、こっちに来なかったお客さんもいたのね。よくよく考
えてみたら当然なのね。流行りの髪型にしたい女の子もいるだろうし、あまり派手な髪型にするのを嫌う女性もいる。うまいこと棲み分けが出来ているなあって。で、しばらくして気づいてみたら今度は私が「型はまりの切り方」をしていたのね。」
「そんな・・・店長さんは型はまりな人じゃありません。」
「ふふ、ありがとう。けどね春香ちゃん「型はまり」って必ずしも悪い意味の言葉じゃないのよ。お客さんに安定した切り方を提供できる。それを求めているお客さんもいるっていうことよ。」
「そうなんですか・・・」
「春香ちゃん、今は幸せ?」
「え、あ、はい、まあ。」
「こんな職業だから、私は今まで本当に色々な人と出会ったわね。若い頃には、それでも有名人が店に来たとか、有名店からお客を奪ってきたとか、表面的な出会いを誇りにして仕事をしていたような気がするわ。けど、お客さんの髪をじっとよく観察してみると、本当に色々なことが分かってくるんだと知ってから、お客さんと接すること自体が楽しくなってきたのね。」
「髪でどんなことがわかるんですか?」
「それはまた来た時におあずけね。さあ、お客さん髪が切り終わったので、シャンプーしますね、目をつぶっていてくださ~い。」
シャンプー中は春香も店長も終始無言であった。シャンプー中は水の音で会話ができないからである。しかし、店長さんのシャンプーは昔からとても上手だ。シャンプーというよりかは、頭のマッサージといったほうが的確かもしれないというほど、実に気持ちのいいものなのである。
やがて、シャンプーも終わり、春香たちはレジの方へ向かう。レジを打ちながら店長は言った。
「春香ちゃん、人の幸せって、時間が経つにつれて本当に変わっていくものなのよ。今、春香ちゃんが目指している幸せというものが将来は別の物に変わってたりすることもしばしばなのよ。けどね、若いうちはその時の幸せに向かってイノシシのように一生懸命に向かって行くぐらいで丁度いいのよ。アイドルのお仕事頑張ってね、またいつでもいらっしゃい、その時は話の続きをしましょう。」
春香は会釈をして、美容院を出る。とたんに日本特有の湿っぽい空気が春香を感傷的な世界から、現実へ引き戻した。
「あ~あ、専属の美容師さん以外の人に切ってもらちゃった。」
けど・・・一回くらい、いや、たまにはいいよね。
春香は古い友人との再開に胸を踊らせながら、駅に向かって歩き出した。
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あとがき
いや~久しぶりに新しいSSかけたぁ!w
最近ARMマイコンをいじってたのと教職の集中講義でなかなか書く暇なかったっすw
なぜこんなことを書くのかというと、シリーズ通して読んでくれている人は少ないと思うんですけど、更新がしばらく止まっていたので、三日坊主と思われたくないからです。
あと、トラ技の増刊号マジでおすすめです!
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