2012年6月20日水曜日

ある日の風景 2010/08/02

pixivで公開した私の作品の転載です
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14885

むせ返るような照り返しと、湿気。そんな暑い夏のある日。私は夫と息子と共に、とあるショッピングモールへ向かった。ショッピングモールは、乱暴なほどの冷気と大勢の人の熱気が渦巻いている。私はワガママ息子のおもちゃ売り場の前での駄々ごねに困り果てていた。そんな時に夫はトイレから戻ってくる。夫は私を一瞥するなり、駄々をこねている私の可愛い怪獣の前にプラスティック製のカエルのおもちゃを差し出す。すかさずその場で腹話術が始まるのだ。するとあれだけ駄々をこねていたのがとたんにおとなしくなって、うっすら笑ってすらいる。 「お母さん寒そうだから何か温かいものでも飲みに行こうか?ジュース飲み放題だぞ~!」  夫は本当に子供扱いが上手で、ちょっと嫉妬してしまうくらい。それでいて私のこともちゃんと気にかけていてくれる。本当にこんないい人に巡り合えたなんて、私は本当に、本当に幸せものだ。  1Fに降りる途中。エスカレータで夫と子供が、まだ腹話術をつつけている中で、私の目に懐かしい風景が飛び込んできた。ショッピングモールの大広場中央の特設ステージ。私の大事な仲間と、そしてプロデューサーさんとの思い出の場所。といっても、もう数十年前の事だ。外装には当然、面影なんて無いし、どうせ私たちが床に油性マジックで書いた落書きも消えているに違いない。  そういろいろと考えているうちに夫と子どもを見失ってしまった。 「お~い」  夫が手を振る、息子も調子にのってマネをする。それがちょっと可笑しくて私はクスッと笑ってしまう。私が愛する夫と怪獣の元へ向かおうと歩を進めた時、ちょうどカフェテリアのレジから猫背の男性が一人、帽子を深めにかぶって早足で出てきた。ちょうど私の視線ぐらいに見覚えのある顔が通り過ぎた。 「・・・」  もしかして・・・けど、もし人違いだったら・・・けど、そう思う前に私の体が動いていた。 「すみません、人違いだったら申し訳ないのですけど・・・もしかして・プロデューサーさんじゃありませんか。」  男性は足を止めた。数秒間の躊躇の後再び歩みを再開する。私はとっさに男性の前に割り込んだ。体が先に動くのだ。 「やっぱり・・・プロデューサーさんじゃないですか・・・」  男性は深く溜息をつく。そして、ゆっくりと帽子をとった。  嗚呼、やはりそこにはプロデューサーさんがいた。少しやつれて、帽子をとったばかりだから髪が少々荒れているが、やはりプロデューサーさんがいた。私の頭にあの頃の出来事が走馬灯のように思い出された。初めてのステージで緊張した私をΠタッチで茶化してくれたこと、千早ちゃんとケンカしたとき、私が一方的に言い負かされている間に入って仲裁してくれたこと、そして、仲間たちとの合同ライブが成功した時のプロデューサーさんの顔・・・そして、最後のライブのあと私の初恋が終わったこと。しばらく立ち直れなかった。あんなにいつも優しくしてくれたプロデューサーさんが・・・いや、でも、なんてずっと私の初恋はグズグズとくすぶり続けた。そんな、くすぶった状態を消し去ってくれたのが今の夫との出会いのはずだった。しかし、完全には消えてなかったのかもしない。 「・・・春香」  男性が口を開いた。私はハッとしてプロデューサーさんを見る。 「・・・・・・綺麗になったなあ。」 「プロデューサーさん・・・」 「すまない、気づいてはいたんだが家族団らんの楽しい時間にこんなむさ苦しい男がしゃしゃり出てくるのもねえと思ってね・・・すまない」 「すまないって・・・なんでっ・・」  もしかしたら私は泣いていたのかもしれない。自分の中には伝えたいことがたくさんある。あの日のあとのこと、ずっとくすぶった感情を引きずっていること。けど、それが声になって出ないのだ。言葉よりも先に感情が口から目から。私の中に込み上げてくるものが私の口に手を添えてしまう。 「お前も、もう一児の母かあ。・・・信じられないな・・それに比べて、こっちはもうダメかもしれん。」 「え」 「お前と愛の後に続くアイドルをプロデュースできないでいる。もう、プロデューサーやってるような年でも無いしな。今度のプロデュースが最後になるかもしれん。」 「・・そうなんですか・・」 男性は大きく息を吸い込む。 「・・・なあ春香。もしかしたら俺はずっとお前の幻影をプロデュースしていただけなのかもしれないんだぜ。お前の担当を外れた後も、別のアイドルをプロデュースするときも、いつもお前の影がちらついた。あの時の俺の判断は正しかったと思うが。俺の中での永遠のアイドルはお前だけだ。」  こんどこそ私の目から涙がこぼれた。声には出さない。けれども止めることのできない涙だ。  プロデューサーさんは私の手にハンカチを握らせると、夫に会釈をした。夫も会釈で返した。そして、もう一度帽子を深くかぶり、こんどこそどこかに行ってしまった。  私の初恋は完全に終わった。けれども、私は少し救われた気がした。

=現行の千早スレ750のアイデアをSSにしてみました!アク禁巻き添えで書き込めぬTT

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