Pixivでの私の作品の転載です
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22381
今日は春香と、千早と一緒にやよいの晩ご飯になる野草の採集に付き合った。
今日も昼間はクラーが必須の蒸し暑い一日ではあったのだが、夕方の川原は心地いい体感温度である。昼間の間に、河川管理の職員が川原の草を刈ったらしく、当たりは草の青い匂いでいっぱい。何かとても懐かしい匂いを俺は深呼吸して肺の中に充満させた。そういや、ガキの頃はそこら中に悪ガキどもとつるんで秘密基地やら作って遊んだなあ。バッタ捕まえにわざわざ蚊に刺されに草むらにわけいったこともあったっけな。あん時の匂いだなぁ。そん時つるんでいた悪ガキの顔はもう覚えていないが、この草の匂いをかぐとどうしてもバッタやカマキリを思い出してしまう。で、そん時から俺は本当の意味ではあまり成長していないのかもしれない。成長というよりも人間の本質的なものはあまり変化していないように感じる。あの頃は秘密基地をどんどん拡大していって、将来的には国レベルまで大きくできると本当に信じていた。そんな突拍子も無い夢を考えつくのはガキの頃迄と思いきや、今は無名の女の子たちをトップアイドルに導くなんてのを仕事にしている。我ながら少し笑えてしまう。けど、ガキの頃と決定的に違うのは、あの頃の俺には別に世界征服が成功しなくても誰も悲しまなかった、しかし、今の俺の夢には三人の女の子の、大げさに言えば、将来がかかっている。あの頃の俺達の夢は、実現させるための手段が手元に無く、それこそ「夢」の文字がそのまま型にハマるようなものだった、しかし、今の俺は違う。成功するかはわからないものの、この娘たちをトップアイドルへ導くための手段はある程度心得ているつもりだ。もちろん定石だけではだめであろう。しかし、あの頃の俺には全くなかった「手段」が少なからず今の俺の手元には存在している。
俺は夕日に照らされて真っ赤になった自分の右手をじっと眺めた。握り締め、またひらく、再び握り締め、またひらく。こうしていると、なにか自分の手なのに、別の生き物のように見えてくるから面白い、いや、いきものというよりは精巧な機械といったところだろうか。俺はこの手で今まで何をしてきたのだろうか。虫を外の広々とした世界から、窮屈な虫かごへ放り込むという残酷な行為、そして、そのまま忘れていて夏休みの中盤に気づいてみてみれば、そこはバッタの死体の山だった。親に怒られ、泣きながらバッタを土に埋めたのもこの手だった。初恋の女の子に当てた恋文をしたためたのもこの手だ。頭に来て友人をおもいっきり殴ったのもこの手だ。
俺のこの手が、この手は、今まで周りの物にコンタクトを取る、いわゆる言葉や表情などとは独立したひとつの出力機関なのだ。
「プロデューサーさん!なんでひとりだけさぼってるのかなぁって。」
「プロデューサー!こっちはこんなに蚊に刺されながらもやってるっていうのに!」
「やよいちゃ~ん!ちはやちゃ~ん!ギシギシって食べれるんだよね?ほ~ら!たくさん採ってきたよってあわぁっ!」
どんがらがっしゃーん。
「春香、この時期のギシギシは花が咲いてるのが多いから芯がたってて食べられないんだぞ。」
「プロデューサー?」
「うぅ、今まで何してたんですかプロデューサー。働かざるもの食うべからずです!」
「あは。私ってほんとドジで役立たずで・・・もう穴を埋めて掘ってますぅ!!」
「おい、春香それ逆!」
てな感じで、俺は野草探しを始めた。俺にも多少の野草に関する知識はあるものの、正直いって野草は夏に楽しむものではないことぐらい知っていた。やよいは夏の硬い野草を食わないといけないところまで貧窮してるのか!
ふと、周りを見渡す。周りには俺と春香しかいない。春香は何を採ればいいのか悩んでいるらしい、それは俺も同じである。しかし、今そんなことはどうでもいい、千早は!やよいは!俺の脳裏に水難事故の新聞記事が浮かぶ。
「千早!やよい!」
「なんですか、プロデューサー。大きな声ださくても聞こえます。」
千早とやよいは川岸の方からゆっくり歩いてくる。やよいはやよいには少し大きそうなバケツを大切そうに抱えていた。
「やよい、何だそのバケツは。」
「うっうー!今日の晩ご飯です!」
見るとそこには大量のヤドカリがいた。ヤドカリの山の中にはペットボトルの中に数匹の魚もいた。
「高槻さんが昨日仕掛けておいた仕掛けの中の魚と、岩場にたくさんいるヤドカリ捕まえに行きましょうっていうから。」
「あ・・・あぁそうか、いや、無事ならいいんだ。すまんな。けどよ、やよい、じゃあ、野草は何のために採っているんだ?」
「ヨモギやキク科の植物の葉っぱなら何でもいいかなぁって、練って乾燥させて蚊取り線香にします。」
「えぇ!やよいちゃん、私てっきり食べるためにと思って、セリたくさん採ってきたんだけど・・・」
「うぅ、春香さん、それドクゼリも混じってますぅ。前にも教えたようなきがしますが、私の一家を食中毒にするつもりですか?」
「あぅ、ごめんなさいやよい。」
「謝ることはないです。春香さんはドジでおっちょこちょいだけど、優しいですぅ。」
「うう、ほめられてるのかけなされてるのかわからない・・・」
川原での食料探しが終わったあと、俺たち一行は高槻家にお邪魔することになった。
高槻家への家路の途中、川原にまだ刈られていない大きい背丈の草むらに遭遇した。
「やよいちゃん、もしかしてここ突っ切っちゃうの?」
「え?そうですけどなにか?」
「高槻さん、一応私たちはアイドルなのよ。草で顔でもきっちゃたら大変だわ。」
「ふふふ、大丈夫だ、俺が先頭で草をかきわける。だからお前らは俺についてこい。」
俺は勢い良く草むらに飛び込んだ。
そうだ。俺は草をかき分けながら思った。
そうだ、あのガキの頃の残酷な行為も、結果的に悲劇に終わった俺の初恋の一幕も、友人を傷つけてしまった原因も、全てこの手だ。そして、その手の所有者の中身は根本的には変わっちゃいねえ。
けれども、今の俺は芸能界という草むらかをかき分けかき分け彼女たちの歩ける道を作ってやる責任がある。皮膚を破く草から彼女たちを守ってやることができる。俺は、俺のこの手は、彼女たちを守ることができるのだ!
俺の目の前が急に開けた。
「うぅ、抜けたですぅ。」
「!!プロデューサー!大丈夫ですか、てから血が出てます。」
「ええ!プロデューサーさんが怪我してる怪我してる。ああ、え~、あ!プロデューサーさん!ヨモギですよヨモギ!」
「ありがとう春香。けどこのぐらいの傷なんて、すぐにふさがるさ。大丈夫だ。」
真っ赤に燃える夕日がまさに沈もうとしていた。
その夜は本当に楽しいものだった。父親と母親はとても優しそうな人だったし、私たちを歓迎してくれた。手製の味噌を使った味噌汁は、市販品の味噌が味気ないものに感じてしまうほどの衝撃的な味であった。自家製蚊取り線香の匂い、いつまでも続く、やよい家の兄弟のはしゃぎ声、春香たちの談笑。やよい家に静寂が訪れたのは10時過ぎのことであった。
俺は、醤油とマーガリンで炒められたヤドカリを肴にして、自販機で買ってきたビールを開けていた。
俺はふと自分の手を眺めてみる。いくつもの小さなカスリ傷が残っていた。それを見て、なぜか妙に誇らしい気分になった。
「フフッ、明日もまた頑張らないとなぁ。」
つづくかも
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
あとがき
特に無い
0 件のコメント:
コメントを投稿