VIDEO 栞は悩んでいた。いや、もはや彼女自身はその悩みには気づいていないのであろう。
しかしながら、彼女のもっと奥深く、彼女の自覚できる深さを超えたところにある心は、確実にその周りにあるシガラミによってがんじがらめになっているのである。
彼女は物静かである。しかし、人が物静かであることは必ずしも彼・彼女自身の感情の存在を否定するものではない。
彼女の感情は、彼女の感情を取り巻く、ある種の疲弊しきって砕けた、心のカケラが口と鼻を塞いでしまっているのである。彼女の感情は、今まさに殺されようとしているのである。
彼女自身、自分の現状が好ましいものではないということは重々承知の上で、活字の世界に閉じこもっているのである。
それは他人、いや個人の全くの自由であるともいえよう。
しかしながら、現在の彼女はそれを自覚しているのであろうか?
彼女は己の行動の正当化をはかるために、最もらしい文句を盾に閉じこもってはいないのだろうか?
しかしながら、非常に残念なことではあるが、彼女にはそれに自問自答するほどの自浄作用は期待できないであろう。
彼女の感情はもはや独力ではどうしようもないほどに弱りきっているのだ。
感情の弱った人から放たれるのは、暖かさ?優しさ?感情が死にかかっているのにそれはないだろう。
感情の死にかかっている人間から発せられるのは、どう仕様も無い倦怠感と弱り切った心のピースを埋め合わせるツンとしたプライドである。それは他人にとっては近寄り難いオーラをまとったものとなり、さらに彼女と人との接触を困難にさせていた。
―そう、彼に会うまでは
彼は彼女に取って極めて異質なモノであった。
彼女の図書館での特等席はカウンターである。
周りには、彼女の脳細胞を満足させうるような内容の本が山積みにされている。
いくら読書家の彼女でもあっても、一日でそれらすべてを読み終えることが出来るわけではない。
しかし、ながら本があると・・・・いや本の壁があることは、彼女の精神衛生の向上にかなりの割合で貢献していたということは私から話しておくことにしよう。
彼はその本の壁を非常に暴力的に野蛮に壊して彼女に近づいてきたのである。
彼女が本の世界に閉じこもってしまったのにはそれなりの理由がある。
それは彼女が本で壁を築き上げたことからも分かるように、外界からの逃避のため。無論、本自身の魅力も、彼女のその性格を悪い方向へ引き込んだひとつの要因としてあげられるだろうが、それよりもなにより、彼女自身の人とのコミュニケーションにおける、ある種トラウマ的な失敗が大きな原因であった。
それ故に、彼女は周りの人間との接触を極端に嫌うようになった。
それは彼女が失敗が恐ろしいからであろうか?自分が触れることで、他人を驚かせたり迷惑をかけてしまうという彼女自信の優しさの体現なのであろうか?
私はおそらくそれは異なると考えるのだ。
彼女が過去の失敗に囚われている。しかも、それ以降極端に人付き合いを嫌うようになった最大の要因は、彼女のプライドの高さにあると考えるのだ。
彼女は人付き合いが苦手な自分を嫌いなのではない。彼女が一生懸命に伝えようとしても彼女を拒絶した過去、いわん社会全体に嫌悪感をいだいているのである。無論彼女自身、自信がそこまで利己的な理由で本の世界に閉じ込もっているという事実を否定するであろう。
しかしながらだ、何かを行おうとしたときに人間がその行為を正当化する理由はなんであろうか?私は正当化という行為には以下の二つの目的があると考えるのだ。
ひとつは政権などが、自信の行っている行為は正当なものなのだと「アピール」すること、そして、もう一つが一般に悪いと認識されている行為を実は正しい行いなんだと「主張」する、この二つである。
無論、彼女の行っている正当化は後者である。
しかしながら後者の正当化には、「自己の行いを真に正当なものだと信ずるのであれば、正当化する必要すらない」という、正当化の内部矛盾を指摘するような主張も可能なのである。
故にこの主張を彼女のパターンに置き換えてみれば、「本の世界に閉じこもるという行為が本当に彼女が正しいものだと信ずるのであれば、それを正当化する必要は全くない」という事になる。
早い話が、本当に自分の行いが正しいと信ずるのであれば、周りの批評などを気にせずにそのまま猪のように直進していけ、という一種の精神論的な主張なのである。
無論、先の主張が、必ずしもすべてのケースに当てはまるものとも、論理的に正しいものとも、いずれも言えない。
しかしながら、私には彼女の本の世界に閉じこもってしまうという行為自体が、まるで幼子が自身に興味を持ってもらいてくて、母親に自身の存在を気づかせるためのごとく映るのである。
本の世界が素晴らしい、それは確かに正しいことなのかもしれない。しかしながら、人間社会が醜いそれと先の話は両立し得ない。
本の世界にいる自分は、まるで羽のはえた妖精のようだ。これは個々人の想像としては全くありうる話だ。しかしながら、現実社会でも自分をまるで卑下するような彼女の考え方では、先の話は「全く」の空想話として終わってしまう。
彼女自身は、彼女を本当に閉じ込めているものは何かを知らないのである。
そこで彼の登場である。
彼は、彼自身の目的があるものの、結果的に彼女の信じている世界の否定を行った。
「本は時代遅れ」「本の情報更新速度は遅い」などなど
彼女が彼だけに心を開いた(?)のはこれが大きな理由である。
彼女が信者の振りをしている本に対しての攻撃は、彼女の現実からの逃げ場所への攻撃と同義である。
しかしながら、その攻撃は、本の存在の根本を否定するものではなく、本の欠点を指摘したものに過ぎなかったという点が彼のテクニックの素晴らしい点であった。
もし、仮に彼が本の根本を否定してしまうような言葉を発してしまっていたならば、特にそれが彼女にとって反論出来ない程度のものであったりするならば、彼女は彼に対して完全に心を閉ざしてしまったであろう。
先にも述べたが、彼女は基本的には非常にプライドの高い女性である。
故に、彼の発言が本の根本を否定してしまうようなものでなく、かつ彼女が反論できうる余地を残す物であったことから、彼女はあたかも、幼子にモノを諭すかのような、非常に僻んだ形ではあるが心を開いたのである。彼は無意識のうちに彼女の意識の中で下手に出ることに成功したのである。
彼女は彼だけには、口は相変わらず少なく、声は小さいものの話しかけることが出来るようになっていった。
先ほど、彼女はプライドが高いといったが、言葉が余り良くないのかもしれない。そもそもの原因は過去の彼女の失敗である。
しかしながら、彼女の精神はそこでスクラム(非常停止)して、一切の外界を拒絶してしまった。しかしながらも、自分よりも下、自分が優位にたったような状況になれば、彼女はある程度普通に接することが出来るようになるのである。
饒舌まではいかなかったが、彼には彼女は何かと話すことができた。最初は暗がりで何かに触れるように、そして徐々に慣れてきて、少しづつ口数も増えていったのである。
彼女は順調に彼によって良い傾向に向かおうとしていた、しかしながら彼女には超えるべき大きな壁があったのである。
そこで、このシーンである。
彼はついに彼女に対するアプローチの最終段階に入った。
彼女に対し「君は逃げ場としての本を守りたいのか」と迫った。無論彼の中では答えはとっくに分かっている。これは彼女自身に、彼女自身を閉じ込める無意識の部分を自覚させるための文言である。
そうして、彼女は気づくのである。自分を捕らえている物?いいや違う、今まで自分が外から閉じこもっていたことから生じた、どうにも取り返しの付かない様な大きな「差」である。言ってしまえば負債のようなものである。
今まで、彼女の閉じこもっていた白壁を彼が破壊することで、彼女は自分と世間との埋められそうもないような差に気がつくのである。
あの穴に落ちて行くシーンは穴に落ちているのではなく、彼女自身が彼の働きかけによって、自分でほった穴の深さをようやく自覚したことを表しているのである。
そうして、しかしながら彼女は再び本の世界に閉じこもろうとする。
「話したいけど・・・・」
「話がしたい・・・」
「けど、だめなの・・・・私の言葉は届かない・・・・」
-諦めるな!栞!そして気づくんだ!!君を縛り上げている鎖は君の自身から出ていることを!!!!-
『勇気あげるよ』
彼はそんな彼女を強引に自分に引き寄せるのである。
そう、彼と彼女の初対面がそうであったように、彼は最後まで流儀を変えない男である。
そして・・・・
接吻。
その瞬間に彼女の心の隙間は埋められたのである。
外はもう早朝の明かりが挿し込み、一組の鳥のつがいが人生の春を満喫している。
そして、彼女も彼女自身の鳥籠から解き放たれたのである。
彼女もようやく空を飛び始めたのだ!!!!
過去の苦しみ、分かり合えない辛さ。そんな存在を吹き飛ばしてしまうような愛の存在の大きさよ!
嗚呼、人生の春がまさに彼女に訪れようとしているのだ!!!
おめでとう栞!君はもう自由なのだ!しかし自由には責任が常に付きまとう。嫌なこともいっぱいあるだろう、けれども今の君ならきっと乗り越えられるはずさ。
頑張れ栞!ファイトだ栞!この大きな青い大空に、翼をめいいっぱい広げて自由に飛び立ってゆけ!!!!いけえええええええええええ!!!!!!!
そう、こうして彼女は大きな一歩を踏み出したのだ。
これは彼女の新しい物語の
ー序章であるー